ドイツかご博物館 ミヒェラウ― ドイツ出張記 15 完

こんにちは。イチカワトモタケです。
さあ、いよいよ私の2025年9月に行ってまいりましたドイツ出張記、
最後のジャーナルとなります。
リヒテンフェルスの隣町のミヒェラウに、「ドイツかご博物館」があるという話を聞いていましたので、
行ってまいりました。

リヒテンフェルスからは電車で一駅。お祭りの期間中は、リヒテンフェルスからもシャトルバスが運行されているとのこと。私はお祭りの前日に博物館へ行きましたので、電車で向かいました。 
ミヒェラウ駅から博物館までは、歩いて20分ほど。道もまっすぐの道が続きますので、初めての私にも行きやすかったです。 
この日は天気も良く、歩きながら、ゆっくりとミヒェラウの町の景色を楽しむことができました。川の水もきれいでした。 
ところどころにこのようにかご博物館への看板が出ていましたので、それに従って進みます。 
そして、とうとうつきました!ドイツかご博物館と書いてあります。 
2025年9月時点で入場料は大人が4ユーロ(約640円)、子どもが2.5ユーロ(約400円)、家族チケット11ユーロ(約1,760円)。その他20名以上の団体割引などもありました。

博物館の中の様子を、係の方に許可を得て、撮影させていただきました。
早速、中の様子を見てみましょう!

入り口ちかくでは、やなぎで編まれた大きな馬と馬車が、お迎えしました。 
ダルハウゼンの博物館とは、また少し雰囲気が違うかごの印象です。 
展示室に入ってみますと、ほかの国で作られたかごの展示がありました。右から日本、イタリア、フランス、フィンランド、イスラエルからのかごだそう。 
フランスのブイリクなどの展示も。 
ドイツ出張記の4,5,6で書いたダルハウゼンのかご博物館は、ダルハウゼンの町、そして、かご職人に特化した博物館だったのに対して、こちらは「ドイツかご博物館」という名前になっているため、ヨーロッパ各地やアジアなどもっと広い範囲からかごを集め、展示されていました。 
あ、これはダルハウゼンスタイルのかご、ですね。なんだかもはやこのかごを見た瞬間にハンスゲルトさんやダルハウゼンでの滞在を思い出し、親しみを持って見てしまう自分がいました。 
こちらはスペインのエスパルトというイネ科の草で作られた馬です。 
同様にこれは、馬や家畜の背中にのせるかご。 
こちらは南太平洋にある国、トンガのかごだそう。 
こちらは中国の背負いかご。 
こちらもやなぎと竹のような素材で編まれた中国のかご。格好いいです。 
そして、日本のかごも展示されていました。

そして、リヒテンフェルスのかごの歴史を語る上で、とても重要なこの細編みのかご文化です。 
前回のジャーナルでご紹介したエスメさんの作品のルーツとなるようなかごが多数、大切に収蔵されていました。 
リヒテンフェルスやこの博物館がある隣町ミヒェラウのあるマイン川流域では、古くからマイン川沿いに自生するやなぎを材料に、暮らしの道具としてかごが編まれてきました。 
もともとは農家や漁師などが、冬のあいだの副業として行っていた仕事でしたが、18世紀(1700年代)後半になると、やなぎの皮を剥いて編む技術や、より細い材料を用いた細編みの技法が生まれ、かごは次第に商品としての価値を持つようになっていきます。 
資料によると1780年ごろにはこのような細編み技術が発達してきたとのこと。今からおよそ240-50年前には、このような細編みの技術が生まれていたということになりますから、驚きます。 
そのような技術が生まれたことで、農具や漁具などの民具としてのかごから、価値のあるものに変化していったそう。 
やがて、この地域はかごの生産もドイツでも有数の都市になりますが、かご商人の活躍によって、かごが各地から集まる地域にもなっていったとのこと。集まったかご商人たちによってまたヨーロッパ各地や、果ては南米にまで販路を広げた人もいたとか。 
ダルハウゼンも同様でしたが、1800年代後半から1900年代前半が最盛期と言われており、ドイツのかごは世界中に流通していたそうです。ダルハウゼンが水運をつかってアメリカへ輸出していたのに対し、リヒテンフェルスは鉄道の流通網も当時にすでに備えており、ドイツ最大のかごが集まる都市だったそうです。最盛期にはリヒテンフェルスとミヒェラウエリアで900人ほどがかごの仕事に従事していたそう。


リヒテンフェルスのこのような歴史や系譜を見ていったときに、
私はふと、大分県の別府市を思い浮かべました。
大分県別府市も、温泉地でもあり、日本有数の竹細工の産地。
リヒテンフェルスのミヒェラウの反対側のもう一つの隣町は「バート・シュタッフェルシュタイン」という場所があり、
そこは、温泉が有名な町だそう。
そして、別府も、リヒテンフェルスも、良質な材料、かごを作る人たち、そして、商人がかつてはたくさんいたことも共通しており、
なにより、別府は竹かご、リヒテンフェルスはやなぎかごを作る技術が学べる学校があるということです。
私の中で、また遠く離れている大きな点と点が、結ばれたような感覚になりました。

こちらは、リヒテンフェルスのお祭りでパフォーマーの人が表現していた気球用のかご。
状態からして、実際につかわれていたもののようでした。

そして、最後の展示室に置いてあったのは、とっても大きなかご。
作りを見ると、上下に返しのようなものがついており、中に入ったら簡単に逃げられないこのしかけ。
日本でも竹でよく作られていた、うなぎや魚などの取るために漁猟でつかうかごのようです。
マイン川流域のこのエリアならではのかごかもしれません。
とても1日では足りないほどのかごの展示の量に本当に驚きました。
今回こちらのジャーナルでご紹介できたのはその一部です。
あとは、ぜひ、現地に行き、実際にご覧いただければと思います。
こちらは、公開された博物館ですので、
機会があれば、皆様もぜひ訪れてみてください。
ミヒェラウ博物館の様子をショート動画にまとめましたので、どうぞご覧ください。

こちらはミヒェラウ駅とかご博物館の間にあるマイン川。
思い返せば、今回のドイツ出張記はフランクフルトのマイン川から始まりました。
短いドイツ滞在で、一人旅と不安がたくさんありましたが、
フランクフルトを起点に北へ東へ移動し、たくさんの方に助けられながら、
実りある滞在となりました。
改めて、今回お世話になった皆様へ、心より感謝を申し上げます。
Ich möchte mich bei allen, die uns dieses Mal so freundlich unterstützt haben,
von Herzen bedanken. Auf ein Wiedersehen!
長い出張記ジャーナルにおつきあいくださった皆様、
ありがとうございました。
イチカワトモタケ
ドイツ出張記2025 完










