黄金期と衰退 ダルハウゼンかご職人博物館③ ― 2025年ドイツ出張記 Part 6

前回に続き、まだダルハウゼンのかご職人博物館にいる市川伴武です。

だんだんと生産量が多くなってきたかごをどのように販売していたんだろうというのも、
私たちかごを販売するお店としては気になるところです。

販路は、陸路のみならず、材料の採取場所でもあったヴェーザー川を利用し、船で北へ運び、
当時の大きな貿易港都市であるブレーメンへもたくさん出荷されていました。

ブレーメンのその北に位置する北海を通じて、アメリカへ向かう重要な港でもあり、
ダルハウゼンのかごはそこから海外アメリカへ輸出されていきます。
アメリカへ輸出ができたのは、人口増加によって、先にアメリカへ移住していた同郷の仲間や家族たちが受け取り、
アメリカでかごを販売できたことが大きな理由です。

この輸出が、ダルハウゼンの「かご一大産業化」への大きな後押しになりました。

 

こうして、最盛期を迎えたダルハウゼンは、流通の要となる問屋が活躍します。
家内制工業から問屋制家内工業へは1800年代前半には、移行していたようですが、
1840年代以降は、輸出が拡大しているため、大きな注文に対応するため、問屋が多くの職人をかかえる形が定着しました。

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“ひとつのテーブル”特集展

ドイツで出会った、ヨーロッパのかごたち

2026年

2月19日(木)・20日(金)・21日(土)・22日(日)・23日(月祝)
26日(木)・27日(金)・28日(土)
3月5日(木)・6日(金)・7日(土)

Open | 11:00ー16:00

実店舗 | 東京・南千住 「市川籠店」